芥川龍之介「蜘蛛の糸」カラマーゾフの兄弟「一本の葱」ポール・ケーラス「カルマ」は同じ話なのか
芥川龍之介の蜘蛛の糸は、日本人のほとんどが知っているであろう、有名な話である。
しかし、この蜘蛛の糸はどうやら、芥川龍之介のオリジナルではないようなのだ。
蜘蛛の糸の出処を追った。
芥川龍之介「蜘蛛の糸」
蜘蛛の糸は、1918年4月に書かれた短編小説。
芥川龍之介は当時27歳であった。
蜘蛛の糸あらすじ
さまざまな悪事を働き、地獄へ落とされたカンダタ(犍陀多)。
しかし、生きている間に、一度だけ善行を行った。林の中で出会った蜘蛛を殺さずに助けたのだ。
お釈迦様はそのことを思い出し、一本の蜘蛛の糸を地獄の血の池まで垂らしてやる。
血の池からそれを見つけたカンダタは、早速蜘蛛の糸をつかみ、よじのぼり始めるが、くたびれて下を見ると、他の何百という罪人たちがあとから糸を伝ってのぼってくる。
カンダタは、罪人たちの重みで糸が切れるのを恐れ「この蜘蛛の糸は俺のもの。お前たちは下りろ」と言う。その途端、蜘蛛の糸は急に切れ、カンダタは、元いた血の池の底まで、落ちてしまう。
ドストエフスキー – カラマーゾフの兄弟「一本の葱」
カラマーゾフの兄弟は、1879年にロシアで出版された。
「罪と罰」「白痴」の作者、文豪フョードル・ドストエフスキーの最後の作品で、全4部からなる、長大な物語だ。
この、カラマーゾフの兄弟の作中にも、蜘蛛の糸によく似た話が登場する。
第3部で、登場人物の一人、グルーシェニカという女性が、「たんなるおとぎ話だけど」と言って語る、「一本の葱」という話である。
一本の葱あらすじ
昔あるところに、とにかく意地の悪い女がいて、死んだ。死ぬまで良いことをしなかったので、悪魔に火の湖(うみ)に投げ込まれた。
女の守護天使はかわいそうに思い、神様に報告できるような善行を探す。そして、女が一本の葱を野菜畑から抜いて乞食にやったことがあるのを思い出し、神様に伝えた。
神様は「ではその葱を拾ってきて、女に掴まらせ、ひっぱりなさい」という。守護天使はそのとおりにし、火の湖にいる女に葱を差し出す。女は葱に掴まり、もう少しで岸に上がるというところまで来るが、他の罪人たちが女にしがみつき、一緒に引きあげてもらおうとする。
すると女は「これは私の葱」と言って、他の罪人を蹴落とし始める。そのとたん、葱はぷつりと切れ、女は火の湖に落ち、今日まで燃え続けている。
「一本の葱」はどこから来たか
この物語は、ドストエフスキーの創作ではなく、庶民の間に伝えられていたおとぎ話であったらしい。ロシアの民俗学者、アファナーシエフがまとめた「ロシア説話集」にも、類似する話が登場している。
ドストエフスキーは、「一本の葱」の話を、農家のおばさんから聞いて、作中に入れたと自ら話している。
ロシアのネギは細いのか
画像引用元:ua.all.biz
葱が「ぷつりと切れる」という表現で引っかかったので、調べてみた。ロシアのネギはどんなものか。
上の画像のように、なるほど細い。長ネギとアサツキの中間ぐらいの太さらしい。これなら「ぷつり」と切れてもおかしくはない。
ちなみにこのネギ、ロシアでは、生のままサラダなどに入れて使うことが多いとか。
ポール・ケーラス – カルマ
ポールケーラス(Paul・Carus)は、ドイツ生まれの東洋哲学者である。
「カルマ(Karma)」は、アメリカの雑誌「オープン・コート」に1894年に掲載された物語だ。
カルマの物語の中で、バラモン僧の弟子パンタカが、盗賊団の首領の死に際「カンダタの話」をして、罪を悔い改めさせる。
「カルマ」よりカンダタの話あらすじ
大泥棒カンダータは、死んで悪魔となり地獄へ生まれ変わった。地上に仏陀が現れると、カンダータは仏陀に助けてくれと頼む。
仏陀は彼の元に、蜘蛛の巣に乗せた一匹の蜘蛛を遣わした。蜘蛛はカンダータに「私の網に掴まって地獄から抜け出しなさい」と言う。カンダータは網をよじのぼり始める。
その後の展開は、芥川の蜘蛛の糸と同じく、
罪人たちが糸に群がる → カンダータ「これは俺のだ!」 → 糸が切れる → 地獄へ逆戻り
となる。このあと、パンタカの説教が入る。
「幸せを独り占めしようとした途端、糸が切れた。糸につたってのぼる人が増えれば増えるほど、一人一人は楽になるのだ。地獄というのは利己心なのである。云々」
カルマの歴史
- 1894年 – アメリカの雑誌「オープン・コート」内に、ポール・ケーラス著「カルマ」掲載。
- 同年、「カルマ」をトルストイがロシア語に翻訳。
- 1895年 – ポール・ケーラス自身が「カルマ」に加筆した「日本版カルマ」出版(英文)。
- 1898年 – 「日本版カルマ」の邦訳「因果の小車」出版。鈴木大拙(だいせつ)訳。
ヨーロッパには、トルストイ訳「カルマ」が広まった。
日本版カルマで変わった点
1895年に出版された「日本版カルマ」では、話が細分化されており、カンダタの登場する場面には”THE SPIDER WEB”(蜘蛛の糸)という題がつけられている。
さらに、
- カンダタが生きているとき、森の中で蜘蛛を見つけ、「おれはこの蜘蛛を踏み潰すまい」とつぶやき助けた。そのことをお釈迦様が思い出す
という、初代「カルマ」にはなかったエピソードが追加されている。
因果の小車
「日本版カルマ」の邦訳「因果の小車」(鈴木大拙訳)では、カンダタに「犍陀多」の漢字が当てられている。
結論 – 蜘蛛の糸のルーツ
芥川龍之介の蜘蛛の糸は、カラマーゾフの兄弟の「一本の葱」から着想を得たものだと、一時期考えられていた。しかし、
- 「カルマ日本版」の中でのTHE SPIDER WEBという題
- 蜘蛛を踏み潰さなかったカンダタのエピソードが同じ
- カンダタに「因果の小車」と同じ「犍陀多」の漢字が当てられている
といった点から、現在は、「日本版カルマ」の邦訳「因果の小車」を元にして書かれたものであるとの説が最も有力である。
つまり、蜘蛛の糸のルーツは、ポール・ケーラスの「カルマ」だったのだ。
スッキリしていただけただろうか。
今日は、芥川龍之介「蜘蛛の糸」のルーツを追った。
参考文献:
ドストエフスキー(2007)『カラマーゾフの兄弟3』亀山郁夫訳,光文社
「蜘蛛の糸」とその材源に関する覚書き[pdf]
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